【老子】無源第四

道冲而用之或不盈。淵兮似萬物之宗。挫其鋭,解其紛,和其光,同其塵。湛兮似或存。吾不知誰之子。象帝之先。

 

(みち)(ちゅう)にして(これ)(もち)うるに、(ある)いは()たず。(えん)として万物(ばんぶつ)(そう)()たり。()(えい)(くじ)き、()(ふん)()き、()(ひかり)(やわ)らげ、()(ちり)(おな)じくす。(たん)として(そん)する()るに()る。(われ)(たれ)()なるかを()らず。(てい)(せん)()たり。

 

<道>は空の器の様であるが、この器を使用しても、(器は宏大無辺で)些かも満たされることはありません。(この器は)奥深い万物の根元を為すものに似ています。
(この空の器は)鋭気を挫き、もつれを解きほぐし、光(の輝き)をやわらげて、塵(の中)に交わります。あるいは、(この器は)満々と(液体を)湛えられた深く静かな様子を保つ存在かもしれない。 私は(<道>が)どこから生まれたのか分からない。(<道>は)どうやら天帝に先んじる(存在であった)ようである。

 

 

  「道冲而用之或不盈。」

底本[翻訳・校訂などのもとにした本]は諸本と同じように"冲"であるが、傳本[=現在まで伝わっている本]は"盅"としている。

冲[ちゅう]

「冫(=氷)+音符"中"」で、氷をとんとんと突き割る音を表す。また、中和の中(角がない・柔らかい)の意にも用いる。

1. 氷をとんと突き割る。また、その音の形容。 + 突き当たる。

2. 柔らかく、手ごたえがないさま。

3. むなしい。てごたえがないさま。うつろであるさま。

 

盅[ちゅう]

器虛也。从皿中聲。
(器の虚[=空虚・空っぽである]なり。部首皿に中の音である。)

説文解字』卷五

中国語では"小さな杯, (小さくて取っ手のついていない)杯,湯飲み"の意。

 

或[あるい]

「戈(=ほこ)+口印の地区」から成る。また□印を四方から線で区切って囲んだ形を含む。ある領域を区切り、それを武器で守ることを示し、域や國の原字である。ただし有が一般的にあるいであるのに対して、或は限定的な有であるため、「あるいは」の意となり、不特定の意となる。

1. ある。

2. (pron) あるいは。ある人。

3. (conj) あるいは。

4. (adv) あるいは。

5. (v) ある。(あり。)

6. (v) まどう。(まどふ。)

7. あるいは~かもしれない。たぶん。…のこともある。ひょっとしたら。(推測の意)

8. ある場合は。ある時は。または。あるいは。もしくは。(選択の意)

9. あるいは。あるひと。ある者。(不特定の人物を指示)

10.ある…。(不特定の人・物・事を指示)

11.少しばかり。些か。

※中国語では7,8,11の意。また"否定の語気を強めた言葉"でもある。

 

盈[エイ, みち-る, みた-す]

皿いっぱいになってたれるさま。

1. みちる。いっぱいになる。たっぷりとあるさま。

2. みたす。いっぱいにする。

 

空の器は大いなる包容力の象徴ではないかと思います。何も入っていないので、何でも入れることができると捉えることができると考えております。

 

  「淵兮似萬物之宗。」

 

淵[えん]

声符[=発音を表す部品のこと]は𣶒[えん]。𣶒は水の回流する形である。

1. ふち。深い池。また、水の深くたまったところ。

2. 深いさま。

3. 奥深く静まり返る。

4. 物が多く集まる所。

 

兮[えん]

中国古代の詩歌の句間・句末に用いて、口調を整えたり肯定・命令請求・疑問の語気を示す。 (舞台で韻文を朗誦する場合、時に'hē'とも発音する。)
現代語の"啊[ā]"に近い。

 

宗[そう]

「宀(やね)+示(祭壇)」で、祭壇を設けた御霊屋[=霊廟]を示す。転じて、一族の集団を意味する。

1. 御霊屋[みたまや]。先祖を祀る所。

2. 一族の中心となる本家。

3. 同じ祖先から出た一族。

4. 氏族団結の中心。

5. むね。中心となるもの。また主と成る考え。

6. 尊ぶ。中心として重んじる。

7. 開祖の思想。また、それを中心に集まった信仰の団体。

8. まとまった品物・物件などを数えることば。

 

  「挫其鋭,解其紛,和其光,同其塵。」

 

解[かい]

「角+刀+牛」で刀で牛の体や角をバラバラに分解することを示す。

1. とく。とける。一体をなしたものを、バラバラに分ける。また、一体をなしていたものが離れわかれる。

2. 結び目やしこりを、バラバラにしてときほぐす。

3. とく。禁じたことや束縛をときはなす。役目や責任をときはずす。釈放する。

4. 体のしこりや熱などをときほぐして取り除く。

5. 文章の様式の一つ。理由や見解を述べた文章。

6. 『周易』の六十四卦[カ]のひとつ。坎下震上[カンカシンショウ]の形で、困難が解けてなくなるさまを示す。

7. 楽曲または古詩の節を数えることば。

8. つかわす。(つかはす。)人や金品を護送する。また、人を派遣する。

9. 解く。不明な点や理由を明らかにする。ときあかす。また、不明な点や理由についての説明、言い訳。

10.とける。(とく。)さとる。ほぐれてわかる。また、ときほぐした考え。

11.体の各部が牛・羊・馬・鹿に似ているという動物の名。獬豸[カイチ;古代中国に伝承される瑞獣のひとつ。ヒツジに似た姿をしているがより大きく、黒っぽい体毛と巨大な一本角を有する。邪悪を憎み、正義と公平さを好む動物で、言い争いや訴訟の場に現れた際は不誠実な方にその一角で猛然と突き掛かる(伝承によっては殺して食べてしまうともある)。世の裁きが公平且つ正確に行われている時世にのみ姿を現すと言う。古代中国ではこの瑞獣にあやかり、裁判官の被る冠を"獬豸冠[かいちかん]"と呼称した。日本の狛犬の起源とも称されている]。

12.おこたる。だらける。また、そのさま。

 

紛[ふん]

「糸(小さい物の代表)+音符'分'(フン;分散する)」で小さい物が分散して乱れること。

1. まぎれる。(まぎる。)まがう。(まがふ。)小さい物が入り乱れる。散り乱れて分からなくなる。

2. 小さい物が入り乱れた状態。混乱。

3. 乱れる。(みだる。)小さい物が分散する。粉々に飛び散る。また、そのようなさま。

 

和光同塵[わこうどうじん]

1. 自分の学徳・才能を包み隠して俗世間に交わること。

2. 仏・菩薩が本来の威光をやわらげて、ちりに汚れたこの世に仮の身を現し、衆生を救うこと。

 

(この空の器は)鋭気を挫き、もつれを解きほぐし、光(の輝き)をやわらげて、塵(の中)に交わります。
(すっかり隠れて)存在しているようには見えないかもしれない。

 

  「湛兮似或存。」

 

湛[たん]

「水+音符'甚'(ふか入り)」。水が深く溜まることや、ものが水中深く沈むこと。

1. たたえる。(たたふ。)水が深く満ちている。

1. 深く静かなさま。深く澄んでいるさま。

2. ひたす。しずむ。(しづむ。)ものを深く沈める。

3. ふかい。(ふかし。) 満々とたたえられた水の、深くて静かなさまである。

 

あるいは、(この器は)満々と(液体を)湛えられた深く静かな様子を保つ存在かもしれない。
あるいは、存在しているようにも見えるかもしれない。

  「象帝之先。」

 

天の最高神である天帝[=天に居て万物を支配する神, 造物主]を表す。

 

象[に-たり]

ぞうの姿を描いたもの。ぞうは、最も目立った大きい形をしているところから、かたちという意味になった。

1. 獣の名。きさ。陸上の動物のうち、最も大きい。(殷代には中国に存在していた。)

2. 象のきば。象牙象牙でこしらえた。

3. かたち。すがた。

4. 外に表れた姿。しるし。『周易』の卦[カ]のあらわす姿。

5. かたどる。形を似せる。なぞらえる。

6. 似る。似ている。

 

 

この章にでてくる「冲」という言葉は江戸時代の絵師:伊藤若冲の名の元になりました。彼は若いころ昼行燈と言われましたが、八百屋の家業を弟に譲ってから、絵師としてエクセレントな働きをしたのです。

iireiさま (2017/08/13 コメントより)

素晴らしい情報を教えてくださりありがとうございます!! 伊藤若冲の絵画、とても素敵ですよね。
老子若冲に思わぬ繋がりがあったことに驚きました。

KIKU (2017/08/13 コメントより)

 

(2017/08/13 執筆記事 転記)