【老子】體道第一
<無名>は天地万物の起[おこり]であり、<有名>は万物の母(=生み育てるもの)であります。
まことに、常[とこ]しえに欲から解放されているもののみが<妙>(な本質)をみることができ、常しえに欲から解放されないものは<徼>(な表面)しかみることしかできないのです。
これら<妙>と<徼>は同じものより出てきますが、<名>は異なります。
この同じものを<玄>と呼びます。<玄>の更に(深遠の)<玄>が、全ての<妙>を生み出すのです。
「道可道,非常道。名可名,非常名。」
書籍やサイトによって様々な解釈がありました。
「道可道」の”道”を動詞として<道の道[い]う可きは>と捉えるか、名詞として<道の道[みち]とす可きは>と捉えるか、意見が分かれておりました。
私の印象では、「道可道,非常道。」と「名可名,非常名。」は対句のような表現なのではないかと感じました。
そこで、次の「名可名」の”名”について中国語について調べてみたところ、名詞の他に、以下のとおり動詞として使う例がございました。
名〔動詞〕
1. …という名だ (e.g. 姓李名白[姓は李、名は白だ])
2. 言い表わす (e.g. 不可名状[(状態を)言い表わすことができない], 莫名其妙(その深奥で微妙なところを説明できる者はいない→)全くわけがわからない])
これらのことから、私も小川環樹氏の注訳に従い、”道”や”名”を動詞として捉えました。
「無名天地之始,有名萬物之母。」
こちらも2通りの解釈があるとのことでした。
<名無きは天地の始めにして>と<無は天地の始めに名付けたもの>という説です。 それぞれ、”第32章の「道常無名樸。(道は常に無名の樸なり。)」”と”第40章の「天下萬物生於有、有生於無。(天下万物は有より生じ、有は無より生ず。)」”の解釈を補強することになるからです。
私はこの度、<名>を言い表わすことについて語っていると思うので、先述の説を支持いたしました。
欲
私はこちらを”五欲”と捉えてみました。
五欲[ごよく]
五感(眼・耳・鼻・舌・身)の五境(色[しき]・声[しょう]・香[こう]・味[み]・触[そく])に対する欲望。感覚的欲望。
妙・徼
私はこちらの文章では、<妙>を<徼>の反意語であると捉えております。
<妙>は下記の<徼>の解釈より”(万物の)本質的なこと”と解釈いたしました。
妙[たえ]
1. 細かくて見分けられぬ不思議な働き。
2. 不思議なまでにすぐれているさま。霊妙(=尊く不思議なこと。人知でははかり知ることのできないほどすぐれていること)。
<徼>は以下より境界・国境の意から”(万物の)表面的なこと”と解釈いたしました。
徼[きょう]
敫は放の架屍[かし;横に渡した棒に人の死体を掛けているいる形]の上に頭蓋骨を加えた形。
(ちなみに、放は架屍を殴[う]って、邪霊を放逐する共感呪術的な呪儀を意味する。)
外界に接する辺徼[へんきょう]の地で、外族に対して行う呪儀であることから、辺徼[へんきょう]の意がある。
また神霊の佑助を請う行為であるから、徼[もと]む、徼[かむ]うの意にもなる。 また一説には、引き締めて取り締まって歩く意。
また、絞り上げる意から、無理をしてももとめる意を派生した。
1. 得られそうもないことを得たいと願う。無理に願う。
2. 無理に…のふりをする。
3. 取り締まる。悪事を取り締まるために巡回する。また、見張りを置く砦。国境。
4. 出口をしぼって追い詰める。
5. 追い詰める。
6. こまかに微妙なこと。
※徼という字は、中国語の文語文(=昔の書き言葉)では、3.の意味で使われているようである。
「玄」
<玄>は以下より”深く隠れたもの”と捉えてみました。
玄[げん]
糸束を拗[ね]じた形。黒く染めた糸をいう。 また一説には、細い糸の先端がわずかに一線の上に覗いて、良く見えない様を示す。
1. 暗い。ほの暗くて良く見えないさま。奥深くて暗いさま。
2. くろ。光や艶のない黒い色。また黒い色をしているさま。
3. 天の色。また、天のこと。
4. 薄暗い北方。
5. 奥深くてよく分からない微妙な道理。
6. か細いさま。
鋭い文献探査能力ですね。この老子第1章は老子のAtoZ ですね。 私が以前公開したブログでは以下のように書きました。
この「道の言うべきは、常の道にあらず」という文言、「常=不変」とは(小川さんの注では)道が語りうるものであれば「不変の」道ではない・・・とされる。ただ、「常=不変の道、原理」という概念ではなく、「常」という言葉の意味を別の意味に取り、「常=普通の」ということであるとして、道一般について「道」と呼ぶことも妥当だと当然思われるので、「常」に関して相反するその両方の意味を内包するという意味で、私は「真の道は、語り得ない」とした。その証拠に、老荘思想の影響を受けて成立した禅宗の僧・趙州従諗:(じょうしゅう・じゅうしん)の弟子との問答で「道とは何ですか?」との問いに趙州は「道か。道なら都に真っ直ぐだ」と答えている。 形而上学的な問いを門前払いした格好になっているのだ。「現実密着型」の老子の教えには、抽象的な喩えより具体的な文言が相応しいと思う。趙州従諗の道に関する理解も妥当であると。・・・それにしても、「常なる道についての発言が無意味」だとすれば、「老子」一巻も無意味になってしまうが・・・
私はこここで東洋思想において、いわゆる「アリストテレスの排中律」が成り立たない例が結構あり、老子のこのような文にそれがある、と考えています。排中律・・・「Aである事態とAでない事態は共存しない」という論理学上の大前提です。
iireiさま (2017/07/31 コメントより)
iireiさまの記事のとおり、現実密着型の老子の思想は、形而上的な考えではなく形而下(?)的な考えに基づいているという考察、目の付け所が素晴らしいと感動しております。
実は、ぐーたさまとのコメントで、「第一章は特に難解で、半年から一年かけて心裡状態が変わったときに再度読むと良い」とのことだったのですが、下記のような理由で腑に落ちない思いを残しております。
(現時点で私がまだ『老子』の全貌を把握していないばかりか、様々な思想についての知識が無いため、少し疑心暗鬼になっているのかもしれません。)
『史記』の老子伝によると、老子は周の国の衰えを悟り、その地を去ることを決めたとき、国境の関所(現.函谷関ないし散関)に至りました。
そのとき、関令(=関所の長官)であった尹喜に請われて『老子』を書かれたと伝えられているとのことでした。 老子自身は自身の思想(哲学?)を残すつもりもなく、それまでも書を作成していなかったことから、私は『老子』という書が読み手のことをあまり考慮して書いたものではなかったのではないかと考えました。 そのため、もし第一章の「道可道,非常道。」を<真の道は語りえない>という意味で書かれていたとしたら、それ以上のことを老子がわざわざ書き記す必要があったのだろうかと思いました。
KIKU (2017/07/31 コメントより)
「尹喜」という関守の名称、このまま尹喜(いんき)とする立場もありますが、尹(いん)喜(喜びて)というように、尹という名の関守が老子の訪問を喜んでという立場もあります。してみれば、尹は、隠君子たる老子が関を超え、西方に行ってしまうのを残念に思い、なにか「形見」にと著作を懇願したのではないでしょうか。そしていくら書物は残さぬという決意の老子でも、尹の情にほだされ一冊、ただしブッキラボウな本を残したのではないかと思います。
魯迅の小説集「故事新編」に、ちょうどこのようなシチュエーションの老子と尹喜が出てきます。書かれた本を机の上に無造作に置いた尹喜、「老子はまた戻ってくるさ」とつまらなそうに嘯くというお話でした。ドライな作品集です。
iireiさま (2017/07/31 コメントより)
なるほど!
私は、今まで書物を残すつもりがなかった老子が旅に出て関所を越えるところであったという状況から"一般人には難解な核心をしぶしぶ執筆"して旅に出ようとしたと考えておりました。 つまり、ご自身の思想を書物に残すことに対して"消極的"だったように感じておりました。
iireiさまがご紹介下さったエピソードを伺うと、老子は"書物を残すつもりはなかったが、尹の熱意に免じてご自身の知り得ることをできる限り執筆"してから旅に出ようとしたとも考えられるのですね。
確かにそのように考えると、老子ご自身も思想を"積極的"に書物に残そうと試みたものの、<真の道は語りえない>ので、止むを得ず「道可道,非常道。」と前置きした上で言葉で伝えられる範囲で『老子』を書かれたと拝察することができます。
ご丁寧にご教授いただき誠にありがとうございます!
KIKU (2017/08/01 コメントより)
(2017/07/30 執筆記事 転記)